为什么神通第一的目犍连尊者也要依靠僧团的力量?

2025-05-09 09:00:00 发布: 人气:12
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为什么神通第一的目犍连尊

者也要依靠僧团的力量?

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なぜ神通第一の目犍連

(もくけんれん)尊者

も僧団の力に頼るのか?


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为什么凭一己之力

难以改变众生命运?


なぜ一人の力だけでは衆生の運命を変えることが難しいのか



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《盂兰盆经》里讲到,目犍连尊者已经证得阿罗汉果了,天眼通达,神足无碍,在百千万亿不可计数的众生里,能找到堕落在饿鬼道的妈妈,还能把世间的钵饭送到妈妈面前。但因为妈妈的业力,饭一吃到口中就变成了火炭。妈妈的这种苦,对于儿子来说,一刻也不能忍受。虽然他证圣果了,但这种情感还是一样的,悲泣之声震天动地,所以赶快来到了佛陀前请求如何救母。


《盂蘭盆経》(うらんぼんきょう)によると、目犍連(もくれんけん)尊者はすでに阿羅漢(あらかん)の果(か)を証得(しょうとく)し、天眼(てんげん、あらゆるものを見通す超自然的な知覚能力)が通じ、神足(しんそく、自由自在に自分の思う場所に思う姿で出現し、思い通りの外界のものを変えることができる超人的能力)が自在であるにもかかわらず、百千万億の数えきれない衆生の中から、餓鬼道(がきどう)に堕ちた母親を見つけることができ、しかも世間の食事を母の前に運ぶこともできた。しかし、母の業力のため、食事が口に入ると炭に変わり、食べることができなかった。このような苦しみは、息子である彼にとって一刻さえも耐え難く、悲しむ声は天に響き渡った。それで、彼はすぐに仏陀の前に駆け寄り、母を救う方法を尋ねた。



大目犍连始得六通,欲度父母,报乳哺之恩。即以道眼观视世间,见其亡母生饿鬼中,不见饮食,皮骨连立。目连悲哀,即以钵盛饭,往饷其母,母得钵饭,即以左手障钵,右手抟食,食未入口,化成火炭,遂不得食。目连大叫,悲号涕泣,驰还白佛,具陈如此。

                                              —— 《佛说盂兰盆经》


大目犍連が六通を得て、父母を救い、哺乳の恩を報いるために、道眼で世間を見渡したところ、亡母が餓鬼道に生まれ、食事を得ることができず、皮と骨がくっついてしまっているのを見た。目犍連は悲しみ、食事を盛った鉢を持って母のところに行ったが、母が鉢の食事を受け取ると、すぐに左手で鉢を覆い、右手で食事をつかんだが、食事が口に入ると炭に変わり、食べることができなかった。目犍連は大声で叫び、悲しんで涙を流し、すぐに仏陀の前に駆け寄り、このような状況を報告した。


《佛説盂蘭盆経》





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佛陀很清楚地告诉他,以你的神通力没有用,外道、天神的力量也都不能救。虽然已经是阿罗汉了,但是仅靠一己之力想改变众生的命运,即使是改变自己妈妈的命运都很难,为什么?这是非常值得我们去思考的。


仏陀は彼にはっきりと告げた。あなたの神通力だけでは無駄であり、外道(げどう)や天神の力でも救うことはできない。すでに阿羅漢であるにもかかわらず、一人の力だけでは衆生の運命、お母様の運命さえも変えることは非常に難しい。なぜだろう。(一人の力では限界があるからだ)。これは私たちが深く考えるべきことである。





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僧团和合,其德汪洋


僧団の和合はその徳が広大である


个人修行的力量是很微弱的,即使你很会修行,也如同一缕小风。如果依靠僧众,力量就很大,因为僧团代表贤圣僧,其背后有真实不虚的圣贤僧团。我们说“僧”的时候,十方诸佛都是僧,佛陀、文殊菩萨、观音菩萨,一直到声闻、缘觉、阿罗汉,都属于僧团。


個人の修行の力は非常に弱い。どれほど上手に修行しても、それはたった一筋の風に過ぎない。しかし、僧団に頼ると、力は大きくなる。なぜなら、僧団は賢聖僧(けんじょうそう)を代表し、その背後には実在する聖賢僧団があるからだ。私たちが「僧」という言葉を用いるとき、十方諸仏も僧に含まれる。仏陀、文殊菩薩、観音菩薩、声聞(しょうもん)、縁覚、阿羅漢など、すべてが僧団に属する。


经文中说:“一切圣众,或在山间禅定、或得四道果、或在树下经行、或六通自在教化声闻缘觉、或十地菩萨大人,权现比丘,在大众中,皆同一心,受钵和罗饭,具清净戒,圣众之道,其德汪洋。”所以,当我们恭敬、供养僧团的时候,我们面对的供养境是无边无际的,佛陀用“其德汪洋”这四个字来比喻。


経文の中には、「すべての聖衆(しょうじゅ)は、山間で禅定を修めたり、四道果(しどう、煩悩(ぼんのう)を断って涅槃(ねはん)に達する4種の過程。すなわち、準備として修行をする加行(けぎょう)道、直接煩悩を断ずる無間(むけん)道、真理をさとる解脱(げだつ)道、さらにすぐれた境地に進む勝進道。)を得たり、樹下(じゅか)を経行(きょうぎょう、食後や修行の合間、疲れや眠気をとるために一定の場所をゆっくり歩くこと)したり、六通(ろくじんずう、仏・菩薩(ぼさつ)に備わる六種の超人的な能力。神足通・天眼(てんげん)通・天耳(てんに)通・他心通・宿命(しゅくみょう)通・漏尽(ろじん)通)自在で声聞(しょうもん)縁覚(えんがく)を教化したり、十地菩薩大人が権現比丘として大衆の中にいるなど、皆一心に鉢を受けて、清浄戒を守り、聖衆の道を歩み、その徳は広大である」と書かれている。したがって、僧団を敬い、供養するとき、私たちが向かう供養の対象は無限大である。仏陀は「その徳は汪洋(広大)である」という四つの文字で比喩している。


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这里特别挑了“神通第一”的目犍连尊者来说明这个问题,就是让我们明白:本事再大,也不要觉得自己一个人能怎么样。一个人不但不能怎么样,还会着魔的。僧团因为和合才叫僧团,安居三个月,大家共住一处,如果不和合,就违背了佛法内在的力量。


ここでは、とりわけ神通第一の目犍連尊者を例に挙げてこの問題を説明している。それは私たちにこのようなことを分からせてくれた。どんなに能力が高くても、一人で何でもできるとか自惚れているとかと思わないようにするのである。一人で何ができるかということだけでなく、魔にかかることさえある。僧団は和合によって僧団と呼ばれ、安居(あんご)の三か月間、皆が一か所に共に住む。和合しないと、佛法の内在的な力に背くことになる。


我们受戒都需要登坛,什么叫坛?阿阇黎是具有三昧耶的。授戒阿阇黎、教授阿阇黎、羯磨阿阇黎都代表金刚上师,有阿阇黎、三昧耶才作法成就,我们才能得戒体。


受戒する際には、壇に登る必要がある。壇とは何だろうか。阿闍梨(あじゃり)とは、三昧耶(さんまや)を有する者である。授戒阿闍梨、教授阿闍梨、羯磨阿闍梨(かつまあじゃり)はすべて金剛上師を代表し、阿闍梨と三昧耶があってはじめて修法が成就し、私たちは戒体を得ることができるのだ。戒定慧のすべての修行は、和合の僧団に頼り、三昧耶の加持なしにはならない。


戒定慧所有的修行都要依赖和合的僧团,都离不开三昧耶的加持。离开了这个,不仅得不到加持,还会破大家的三昧耶,这个果报是非常严重的。


戒定慧(かいじょうえ)のすべての修行は、和合の僧団に頼り、三昧耶の加持が欠かせない。これを離れると、加持を得ることはできないだけでなく、皆の三昧耶を破ることになり、その果報は非常に重い。


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我们每天回向超度的功德力,靠的就是僧团和合的力量。僧团只要和合,佛法就现前;僧团不和合,魔法就现前。一念佛一念魔,我们之所以具足僧的身份,是因为和合。二部僧因为恭敬大僧,具有八敬法,才是二部僧,如果不具足八敬法,就开除自己的身份了。大僧也是这样,如果不和合,僧的身份就没有了。


私たちが毎日回向(えこう)して済度する功徳力は、僧団の和合の力に頼っている。僧団が和合さえすれば、佛法は現前(げんぜん)する。和合しないと、魔法が現前する。一念仏、一念魔、私たちが僧の身分を具えるのは、和合があるからだ。比丘尼僧は、比丘僧を敬い、八敬法(はっきょうほう、『パーリ律』に見えるaṭṭha garudhammaの訳)とは、釈迦が、最初の女性出家者であるマハーパジャーパティーの出家を許す際に条件とした、受持すべき8つの戒律のこと[1]。転じて、仏教において比丘尼(女性出家者)が比丘(男性出家者)に対して守るべき8つの戒律[2]。八重法(はちじゅうほう)とも訳されるが、その他に『四分律』では八不可過法・八尽形寿不可過法、『五分律』では八不可越法、『根本有部律雑事』では八尊敬法と記されている)を具備しているからこそ、比丘尼僧と呼ばれる。八敬法を具備しない場合は、その身分を失う。比丘僧も同様で、和合しないと、僧の身分がなくなる。


所以,我们每天都要问问自己:“清净否?”“和合否?”这是佛弟子的底线。佛弟子的身份不是贴标签贴出来的,而是因为我们对佛法的闻思,对佛法的见地,对佛法持守的行为。


したがって、私たちは毎日自分に問いかけるべきだ。「清浄ですか?」「和合していますか?」これが仏弟子(ぶつでし)の最低限の基準である。仏弟子の身分は、ラベルを貼ることで得られるのではなく、佛法の聞(聴講)思(思惟)、佛法に対する見地、

佛法を守る行為によって得られるものである。



----三参法師




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日语翻译:圆明老师

日语朗诵:蒋雨






END

频繁刷手机,我们的心灵很容易被碎片化,不要沉溺其中,学会自我节制,

通过学习佛法来

有效滋养并净化我们的心灵,

一起回归心灵,保持身心灵的健康。





Namo Buddha

Namo Dharma

Namo Sangha



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