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01.
听经闻法增长智慧
法を聞く事によって
智慧を増長して
一切诸佛菩萨来到人间,都以讲经说法为度众生的事业。通过听经闻法,我们可以清净自己的身口意、忏悔业障、积累福报、增长智慧,从而让我们产生戒定慧三无漏学。戒,指戒恶修善。持戒的形式分两种:一种是止持,即恶一定要止;另一种是作持,指善一定要行。定,有世间禅定、欲界定、色界定和无色界定。慧,有小乘慧、大乘慧、果乘慧、藏通别圆的慧。只要我们如理如法地去修学,我们的福德就会增上,诸漏就会被遮止,功德就会不断地积累起来。
一切の諸仏菩薩さまが人間界に来ては、説法講話を以て衆生化度の事業と為す。法を聞く事によって、我らは自己の身口意の清浄ができるのです。業障を懺悔し、福徳を積み、智慧を増長して、依って戒・定・慧の無漏の三学が生まれるわけです。戒とは即ち悪を止め善を修すること。戒を持つには二通りあって、ひとつは止めを持つことで、即ち悪は必ず止めさせる。もう一つは行いを持つことで、即ち善は必ず行う。定には世間禅定、欲界定、色界定、無色界定がある。慧には小乗慧、大乗慧、果乗慧、蔵通円別の慧がある。如法を以て修学すれば、能く福徳を増上し、諸漏を遮止することが出来る。依って功徳が積み立てられます。
依教奉行
教えに依って奉行すれば
“有僧说法龙天喜,无僧说法鬼神愁”。只要我们能够好好听经闻法,依教奉行,那么佛法就会现前,我们就是合格的佛弟子。如果我们皈依了,拥有了皈依证,却不听法修学,那也不能算合格的佛弟子。如果每天能听经闻法,增长智慧,让法入到心里面,那么我们的生命境界就会不一样,我们就会不断地提高进步。
「説法する僧侶居れば龍天喜び、説法する僧侶居なければ鬼神愁える」というように、我々が能く経法を聴き、教えに依って奉行すれば、仏法は直ちに現前され、我らも合格できる仏の弟子になれよう。三宝に帰依し、帰依の証を唯持っているだけで、聞法修学を実践しなれば、仏の弟子として合格とは言えない。毎日のように法を聴き、智慧増長し、法が心に沁み込めれば、我々の生命の境地も変わり、能く進歩し高められ続けることでしょう!
02.
佛法不离自心 心安即是归处
心が安らぎ、福徳、因縁が揃えば、
法は自ら現前されます
我就是这么走过来的,为了求佛法,为了寻找、追随善知识,跋山涉水。现在我不去奔波了,因为我明白了佛法不离自心,当心静下来,诸佛是不离心的、一切法不离心的,佛法不在外境里的。
心安了,福德、因缘到了,法自然会现前的。但是这要有一个过程,要为法忘躯。不要说在这茫茫的天地间去寻找,就是找到了,法在那儿,都要耐心地等待。
心が安らぎ、福徳、因縁が揃えば、法は自ら現前されます。但し、其れには過程が必要で、法の為に我忘れ、茫々たる天地間で探すだけではなく、見つかって、其処にあると思っても、耐えて心待ちするべし。
更重要的是,当我们得到佛法了,要怎么去思维、怎么去修行?我们缺佛法吗?不缺的。祖师的哪一句开示都够我们消化一辈子的,哪一句佛法我们得受用了,都是无量加持的,都是“一为无量,无量为一,一一出生,重重无尽”的。我们要好好地把身心安住下来,忏除业障,积累福报,从而让我们本具的智慧得以逐步开启。
そして仏法を得られたところで、如何にして思惟し、如何に修行するべきかが最も大切です。我々に仏法が欠缺しているのか?いえ、不缼である。祖師の如何なるご開示の一句も、我々が一生を以て尚消化しきれないほどです。仏法のどんな一句でもしっかり受用出来れば、無量の加持となるわけです。即ち「一は無量と為し、無量も一と為す、一一より出生し、重々無尽なり」と。 心身安住させ、業障を懺悔し福徳を積む。それによって我々の本有の智慧が開き始められることでしょう。
日语翻译和朗诵:慧松